61年目の憲法
5月3日の憲法記念日に、青年会議所主催の憲法タウンミーティングに参加しました。自民党は3年前の立党50周年の際に、新憲法草案を発表しましたが、その後、国会での憲法論議がストップし、党内での憲法論議も停滞を余儀なくされています。国会での憲法論議の空白は、前・安倍政権の憲法改正方針が野党の反発を招いたことと、もうひとつは、野党第一党の民主党が、護憲を掲げる社民党、共産党に配慮して、改憲の旗印を降ろしたことに起因します。しかし民主党代表の小沢一郎氏は、9年前に自らの憲法改正試案を公表しており、その政治信念が、政局の影響で隠れてしまったことは、大変残念です。
さて憲法TMに参加した私は、憲法をめぐる国会と自民党内の状況、3年前に発表した自民党の新憲法草案(自民党のホームページでぜひ確認してください)の中味などを説明しました。憲法に関しては、この国のかたちをどうするか、という前向きな議論が大事だとは重々認識していますが、憲法に関する自らの体験の中で、最も痛切なものは、亡くなった評論家の江藤淳氏の著作「1946年憲法・その拘束」という本を読んだことです。そのことを、今回のTMでも、どうしても伝えたかった。知っている人はもちろん、知っている。でも知らない人は、全く知らない。知らない人の方が、多いでしょう。
昭和21年2月8日、日本政府は「憲法改正要綱」をGHQに提出しますが、マッカーサーは大日本帝国憲法を引きずったその内容を不満として、新たにマッカーサー3原則を示して、極秘にGHQ民政局に憲法草案の作成を指示します。民政局の若いスタッフ25人が、実質6日間で、現憲法の草案を作り上げます。そして2月13日、GHQは吉田茂外相に対して、この草案を提示するわけです。その時、GHQは、「この案を受け入れない場合は、昭和天皇の身柄は保障できない」「この案は、日本政府の案として出しなさい」という圧力を政府にかけています。こうした経緯から、押し付け憲法論が出てくるわけですが、私は今ここで、押し付け論を蒸し返すつもりはありませんが、そもそも占領中に作られた憲法は無効ということを、小沢一郎氏も言っています。
昭和55年に江藤淳氏が書いた「1946年憲法」で指摘しているのは、GHQが占領中に、日本のあらゆるメディアに対して「検閲」を行っていたこと。それは時には、政治家の政見放送の原稿にも及ぶほど、徹底していたことです。昭和21年11月25日に示されたGHQの検閲指針では30項目の検閲対象(削除、発行禁止処分)が列記されました。
1.GHQへの批判
2.極東軍事裁判(東京裁判)への批判
3.GHQが憲法を起草したことに対する批判。新憲法起草に当たって、GHQが果たした役割についての一切の言及、一切の批判。
4.検閲制度への言及(出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する直接、間接の言及)・・・
以下、30項目が列挙されるわけですが、11月25日というと、11月3日に新憲法が公布され、新しい時代が到来したと、国民みんなが喜んでいた最中です。そんな時に、GHQが幅広く検閲を行い、しかもGHQ批判はだめ、憲法案をGHQが作ったことに触れてはだめ、批判もだめ、検閲が存在していることに言及してもだめ、というタブーを積み重ねています。公布されたばかりの新憲法の21条には「検閲は、これをしてはならない」と明記されていますが、その条項を決めたGHQが検閲をし、検閲している事実を隠匿し、検閲禁止を国民に求める憲法がスタートする。なんとも不思議な光景ですし、こうした条件で始まった憲法を、日本人としてどう考えるかです。そして今日に至るまで、日本人の意識にこびりつく、憲法に対するタブーの淵源は、このGHQの方針にあると思います。
私はTMで「現憲法の制定過程がどうであれ、憲法の中味を議論すべきだ、との意見はその通り。改憲、護憲と立場は色々あるが、少なくとも今の憲法が、このような経緯で誕生したことを、日本人全体が知るべきだし、立場の違いはあれ、そのことに心の痛みを感じなければ、憲法の議論は始まらないとさえ思う」と語りました。
小沢一郎氏の「憲法改正試案」はすばらしい内容で、ほとんど共感する部分が多い。例えば「占領下で制定された憲法が独立国家になっても機能しているのは異常なこと」「正常ではない状況で定められた憲法は、国際法において無効」「国民の意識を世界に通用するように変革すること、それが唯一の道である。そのためには、まず法体系の根幹である憲法が様々な不備を抱えたまま放置されていることから改める必要がある。憲法改正論議こそ時代の閉塞状況を打破する可能性がある」
いやー、すばらしい意見。それが現在は、政局優先で、憲法論議は封印するとの話。政治家の意見は変わるものです。小沢氏の憲法改正試案のうち、国会に関する部分もすばらしい。
「法案、予算、条約などの制定において衆議院が優越することになっているけれども、その他の案件は参議院で否決されると衆議院は三分の二の特別決議が必要になる。あとは完全平等で、同じことを二度やるからカーボンコピーと言われている。衆議院で過半数を獲得しても、強いリーダーシップが発揮されないことは、現在の政治状況がよく示している。両院を実質的に同等にしているために、(衆議院)総選挙で示された国民の総意が現実政治になかなか反映しない。選挙によって国民の代表を選ぶのは、衆議院に限定して、参議院はチェック機能に徹すべきだ」
これは9年前の小沢試案ですが、「現在の政治状況」は小沢さんが9年前に心配した通りになっていますよ。だから小沢理論を実現するために、国会での憲法議論を再開しませんか。しかしそこは小沢さん。政局優先で、変わり身が早い。戦後政治の中で、ある意味タブー視されてきた憲法論議を、ようやく軌道に乗せたのは、中山太郎代議士をはじめ、一部の心ある議員の献身的な努力です。それが一時の政局の影響で、停滞することは大変残念です。なんとか政局の動きとは遮断して、党利党略を抜きに、憲法の論議が再開されることを願っています。
[ 2008年05月03日 ]
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