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GAKU論

文革の残影

 テレビのニュースで、長野での聖火リレーの様子を見ていて、気が滅入ってきました。程度の差こそあれ、外国での聖火リレーの混乱が再現されました。最終的に何をしようとしたのかはわからないが、聖火に飛びかかってくるチベット派。沿道は中国の旗とチベットの旗が乱舞し、どこの国の光景だか不明。選ばれた聖火ランナーは、ぎこちない笑顔で必死に平和を演じようとする。なんとも奇妙な映像でした。新聞の見出しには「紅旗が長野埋めた」「燃え広がる愛国心」の文字が躍り、国を挙げて準備をしてきた世紀の祭典が、世界中で攻撃にさらされていることに、中国人民の心が爆発した、そんな印象を受けました。この光景はかつてあったな。そうだ、毛沢東の言霊に10億の民が狂奔した、文化大革命(文革)のデジャビュです。
 1960年代から70年代にかけての文革では、毛沢東主導の権力闘争に利用された一般大衆が、中国全土で人民裁判を展開し、数千万人が死亡したとされています。当時の劉少奇国家主席はリンチで殺され、ケ小平も追放、ケ小平の子息は半身不随となる被害を受けるなど、社会は大混乱しました。その後、中国共産党が採択した歴史決議は、文革を全否定し、毛沢東の誤りを明確に認めました。中国国民は文革のような社会混乱はこりごりだったはずです。
 中国は改革開放政策による経済成長によって、国民の生活が向上し、また天安門事件の武力鎮圧もあって、こうした大衆行動は影をひそめたのかと思っていました。しかしよく考えたら、わずか3年前にも中国内の日本の外交施設が、大衆の攻撃を受けたり、サッカーの試合での大ブーイングや関係者への暴行など、中国人の激情ぶりは連綿と続いていたことがわかります。今はインターネットや携帯電話によって、個人間の連絡が瞬く間に広がり、大衆行動の準備がやりやすいネット社会にもなりました。最近でも、フランス系のスーパー「カルフール」の駐車場に、おびただしい数のトラックが集結し、さらに暴徒が店内に乱入してレジを壊し、店員を殴るという事件が起きていますが、即座にあれだけの数のトラックが集まること自体、不気味な感じがします。
 朝日新聞の報道によれば、パリの聖火リレーで攻撃を受けながらトーチを守り抜いた車いすの女性聖火ランナーは、一時国民的英雄になったものの、本人が「カルフールへの抗議を支持しない」と語った途端、「フランスのスパイ」などという中傷がネットで激増したといいます。またサンフランシスコで、チベット支持派の学生と中国人留学生の対立を仲裁した女子留学生は、その後「チベット独立を支持する裏切り者」と攻撃され、中国の実家のドアには「売国奴」の落書きがされ、排泄物を入れた鉢まで置かれたそうです。この女子留学生は「敵と味方を区別して徹底攻撃する風潮は文化大革命そっくり」と語っています。(4月27日・朝日新聞)
 先日の訪中で会った中国の指導者は異口同音に、チベット暴動はダライラマ派がオリンピックを利用しようとした策謀であって断固、阻止するとの姿勢が鮮明でした。そして現在のところ、中国の国民もオリンピックの成功と中国の統一を願う形で、中国当局の意に沿った行動をとっています。しかしそのベクトルが変わり、大衆のルサンチマンの矛先が当局に向かったらどうなるのか。中国全土がチベット化するのか、はたまた天安門事件が再発するのか。中国人の「激情」を見るにつけ、隣国の民として、この国の行く末が空恐ろしくなります。

[ 2008年04月27日 ]


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