ぶれまくりの小沢一郎
ここ数日の政界の激変。福田首相の連立打診、民主党の拒否、小沢代表の辞意表明と激震が続いています。この「がく論」欄で私は何度も指摘してきましたが、参議院選挙の敗北を受けて、与党のみならず、参議院で多数をとる野党、なかんずく第一党の民主党の責任は重大である、政策を実現するためには民主党が与党と協議する姿勢がなければ、国政は全く意思決定ができない、と主張してきました。
しかし小沢代表は全く聞く耳を持たない、と思っていましたが、福田首相とのトップ会談で君子豹変し、連立へと大きく踏み出しました。
「大連立」。私の感覚では、衆参のねじれの中で、与野党で一致したテーマについて、協議機関を設置して話し合い、合意すれば法案を成立させる、というところから始めるのが順当なところと思っていました。それがいきなり、エベレストの頂上にヘリコプターで舞い降りるように、「大連立」という究極の形に持っていこうとする小沢流には、民主党の皆さんも付いていけなかったのではないか。本来なら麓からじっくり歩いて登り、まずベースキャンプを作ることから始めるのが筋でしょう。小沢氏が代表に留まることで、大連立はないとしても、協議路線が定着するかどうかが、今後のポイントだと思います。
ところで小沢騒動を聞いて、この「がく論」で今年7月に書いた「小沢一郎の引退」という文章を改めて読み返しました。夏の参院選を不退転の覚悟で戦おうとした小沢氏を揶揄した文章ですが、参院選を勝った小沢氏の政治家としての力量は尊敬しますが、平成の政局を振り回し続けてきた小沢氏の政治手法は、やはり唾棄すべきものと思います。
小沢氏はよく、「ぶれない」政治家と言われますが、平成になってからの政治履歴をたどれば、「ぶれまくり」の政治遍歴ではないか。百歩譲って、政治的考えとしては、ぶれてないのかも知れないが、政治権力に近づこうとする行動をとることで、形としてぶれてしまう、その連続ではなかったか。田中角栄、竹下登、金丸信という自民党の最高権力者の庇護を受け、権力をほしいままにしながら、そのパトロンが形勢不利となると、手のひらを返して、寝首をかく。平成5年の宮沢内閣の不信任案では、自民党に在籍しながら賛成に回る(政党政治では、もっともあるまじき行為)。その後も、新進党、保保連合、そして新進党の解党。自由党時代の自自連立提携と解消。民主党への合流。政権交代の公約と大連立の矛盾など。説明のつかない政治遍歴でありながら、独特のカリスマと不気味さで、平成政局を通して唯一、出ずっぱりの主演俳優としての役割を演じ続けてきたのが小沢氏です。
福田首相との会談で、国を憂え、政権協議する姿勢を示したことは大歓迎です。しかし、いきなり「大連立」では、民主党内の理解は得られないでしょう。まして説明も十分していないのに、民主党役員会で反対されたら、自分への不信任だと決めつけて代表を辞任するのでは、駄々っ子といわれても仕方がない。その小沢氏を必死に慰留する民主党も情けない。慰留を期待し、それを受け入れる小沢氏も情けないが、「天の岩戸」を打ち鳴らす民主党の姿勢も、まことに情けない。 しかし結果として、与野党の協調路線が定着するのならいいが、再び対決路線だけが残るようなら、この騒動は何だったのかということになります。
また秘密のベールに包まれた福田・小沢会談でのやり取りで、両者の言い分が全く食い違っていることも問題です。小沢理論の国連決議至上主義はまったくおかしい。国連はUNITED NATIONSで第二次世界大戦の旧連合国そのもの。中国やロシアが拒否権を持っている状況で、その国連の意思がすべてなのか。日本は日米安保を機軸としており、中国・ロシアが拒否権を持っている国連の意思と、日米同盟は相容れない場合があります。それを国連の意思をあくまで優先することが、日本の国益にかなうのか。私は国益を損なうと思います。福田・小沢会談の受け止め方をめぐり、福田首相と小沢代表の主張は早くも食い違っています。小沢氏が元のさやに納まって、今後どうなるのか。何事もなかったように、代表に留まる小沢氏。私には信じられない光景です。
[ 2007年11月06日 ]
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