妥当な「君が代」最高裁判決
北海道教職員組合(北教組)が、道教委で実施した「いじめ実態調査」に協力しないよう、組合員に指示していた問題が波紋を広げています。自民党内に、この問題を追及するプロジェクトチームが設置され、私も道内選出議員としてメンバーに選ばれました。組合側の言い分はもちろん、あるでしょう。しかし現在、いじめ問題がこれだけ社会問題化し、道内でも滝川市で生徒が自殺に追い込まれる事態になったばかりの時期に、教育に携わる人たちが、いじめ調査に背を向けることが許されるでしょうか。北教組の組合員だって、労働組合員である前に、教員であり、公務員です。いや、教員である前に、労働者だと反論されるかも知れない。しかしこれでは本末転倒です。
北海道の教育現場では、戦後長く、北教組VS道教委の闘争の歴史が続いてきました。「学力テスト」「主任制」「日の丸・君が代」、そして悪名高い「46協定」という馴れ合いの合意が、教育現場を蹂躙してきました。生徒のことはそっちのけで、自らの権利を声高に主張する体質が、北海道の教育を混乱させてきました。今回のいじめ調査非協力問題を、北海道の教育を正常化するきっかけにしたいと思っています。
そんな折、東京の小学校で「君が代」のピアノ伴奏を拒否して懲戒処分を受けた女性音楽教諭が、校長の職務命令は思想、良心の自由を侵害するもので憲法違反だとして訴えていた訴訟の最高裁判決がありました(27日)。
『判決はまず、ピアノ伴奏を拒否する教諭の考えを「歴史観や世界観、社会生活上の信念」と位置づけた上で、職務命令で伴奏を命じても、その考えを否定することにはならないと指摘。さらにピアノ伴奏は「音楽教諭にとって通常、想定された行為」に過ぎないとし、それを命じる職務命令が「特定の思想を持つことを強制したり、特定の思想の有無を告白することを強制したりするものではなく、児童に一方的な思想を教え込むことを強制することにもならない」と述べた。また判決は「公務員は全体の奉仕者」と規定した憲法15条や地方公務員法を踏まえ、教諭には上司の職務命令に従う義務があるとし、ピアノ伴奏による国歌斉唱は学習指導要領の規定にもかなうことから、「職務命令は不合理とはいえない」とした。』(読売新聞より引用)
今回の最高裁判決は、常識に合致した極めて妥当な判断だし、判例として残るだけに、同種の裁判(処分された教職員ら約950人が、全国で13件の訴訟を起こしている)への影響も大きいと思います。国旗・国歌については、法律で定め、学習指導要領で規定し、教育現場でしっかり指導しなければならないことになっています。教師の思想、信条によって、私はいやだから教えない、などとなったら、教育は成り立ちません。いや、日本という国が成り立たない。
日本の国旗・国歌を知らない、教えられていない国民が大量に存在することは、国家として大変な危機です。どこの国の国民も、国旗・国歌には敬意を払うことを当然と考えています。日本だけが、戦争の記憶があるために、国旗・国歌を粗末にしていいはずがありません。日の丸・君が代を戦争と結びつけるのは個人の自由ですが、日の丸・君が代はニュートラルな存在であり、責任はありません。また日の丸・君が代に代わる国旗・国歌を想定することは不可能です。
教育よりも、個人の信条を優先する教師がいることは、甚だ残念です。市民の安全よりも、個人の内面を尊重する市長が、私のそばにいます。そういう教師も市長も、全体の奉仕者である公務員としては失格です。その意味でも、職務命令を拒否した教諭の訴えを退けた最高裁の判断を、私は断固、支持します。
(追記・2006年9月23日のがく論『奇妙な判決』もご参照ください)
[ 2007年02月28日 ]
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