自民党 HOME 公約 GAKU論 プロフィール ご意見箱 リンク 永田町日記 後援会
GAKU論

「報道の自由」と「期待権」

 国会が始まり党本部では連日、数多くの部会が開かれていますが、けさの通信放送産業高度化小委では、NHKの来年度予算案とそれに対する総務大臣の意見が議論されました。不祥事が続いたNHKに対して物申したい自民党議員はたくさんいます。特に菅総務大臣が先日、NHKの受信料支払いを義務化するなら、受信料を2割下げよ、受信料の徴収コストはかけすぎだ、と批判したばかりなので、それらの点にも議員からの批判が集中しました。
 私も会議で「6300億円の収入で、受信料の収納コストを760億円もかけている。実に12%以上。コストをかけすぎだ。この高コスト構造を変えないと、支払い義務化といっても国民の理解は得られない」と発言しました。しかしNHK自身もつらい立場で、給食費の不払い同様、NHKの受信料も3割の世帯が払っていません。残り7割の世帯が、3割の分も負担していることになります。受信料の徴収も人海戦術で、高コストにならざるをえない構造になっています。今回の議論を機に、この高コスト構造を変える、建設的な議論を進める必要があると思います。


 ところでNHKといえば、1月29日の東京高裁の判決にも驚きました。NHK教育テレビが放送した戦争特集番組をめぐり、番組が放送直前に改編されたとして、取材を受けた市民団体がNHKなどに損害賠償を求めた裁判の控訴審判決があり、判決は「NHKは国会議員の発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度し、当たり障りのないように番組を改編した」と認定し、NHKと制作会社に賠償を命じました。
 この番組をめぐっては、朝日新聞が、安倍晋三氏、中川昭一氏がNHKに圧力をかけ、番組内容を改編させたと大々的に報道したことも話題になりました。
 裁判のポイントは二つで、一つは政治家からの圧力があったかどうか。この点について判決は「政治家が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたとまでは認められない」と政治家の介入を否定した上で、「NHKは国会議員などの『番組作りは公平・中立であるように』との発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度し、当たり障りのないように番組を改編した」として、NHK側の対応を問題視しています。つまり政治家の直接介入はなかったが、NHK側が過剰反応したことが問題だとの判断です。
 裁判のもう一つのポイントは、「期待権」という概念と「報道の自由」の問題。期待権は私もよく知りませんでしたが、判決では「取材者の言動などにより期待を抱くやむを得ない特段の事情がある場合、編集の自由は一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼は法的保護に値する」と判断しました。NHK側は女性国際戦犯法廷をつぶさに取材して放送すると約束したのに、放送直前に内容を改編し、「期待権」を侵害したというものです。
 私もかつて取材の世界にいましたが、取材する対象とは信頼関係を維持することも大事ですが、どのように報道するかは、メディア側の判断だとの意識を絶えず持っていました。最近は政治家として取材されることもしばしばですが、ほとんどの場合、私の意図するところと実際の報道には、ずれがあります。私にとっては不満ですが、報道の自由は非常に大切な概念で、私が文句を言っても始まりません。取材はしたけれど、公平性や客観性を持たせるために、内容を変更したりカットすることは、当然あるでしょう。まして今回の「女性国際戦犯法廷」は、昭和天皇の有罪判決シーンなど、評価の分かれる歴史認識を、一方の側の視点だけで捉えたもので、それをそのままの形で放送することは、公平性を求める放送法の理念に反することになります。こんなものに「期待権」を認めたら、放送は単なるプロパガンダになってしまう。
 誤報を認めない朝日新聞の論調は「NHK、政治家に過剰反応」「過度の自己規制、問題視」「裁かれた政治への弱さ」など、自社の論調との整合を取ることに腐心ありありです。一方、他紙は「期待権、もろ刃の剣」「報道現場への影響が懸念される」(読売新聞)など、この判決の危うさを正確に指摘しています。安倍晋三、中川昭一、NHK、朝日新聞と、登場人物は錚々たる顔ぶれですが、おかしな判例が残らないように、最高裁の良識に期待しなければなりません。

[ 2007年01月31日 ]


記事のインデックスに戻る