「のたり」と「ふわふわ」
1月は例年のことながら、おびただしい数の新年会に顔を出し、普段のご無沙汰を必死に埋める日々が続きます。さらに今年は統一地方選の年にあたり、知事選、札幌市長選の対応も加わり、忙しさに拍車がかかります。そんな折、新聞に掲載された二つの時評が目に留まりました。
一つは作家の高村薫氏の時評(1月18日・道新夕刊)。「活力の感じられない新年である。一見平穏で景気も悪くはないが、とくに希望があるわけでもなく、のたりとした薄明るさである」と、いかにも高村氏らしい書きぶりで、日本の現在を描写します。「のたりとした薄明るさ」とは、作家でなければ出てこない表現。
続けて「このばらばら感は何だろう。政治、官庁、経済界、報道、一般社会のどれもが、まったく違う方向を向き、違う夢を描き、一体感がどこにもない。せめて、新聞の掲げる社会の課題と政治の掲げる課題ぐらいは一致して然るべきだろうに、まるで違う国の話をしているかのようである」と指摘し、政治のテーマ設定が、日本の現状の課題にフィットしていないと論難します。
「政治も経済も、日々変化する複雑な式に取り組むでなく、新しい公式をつくるでなく、まるで貯金で漫然と余生を暮らす老人のようだ」。これも手厳しい。政治は日々の難しい式に必死に取り組んでいるはずです。そう思っているのは、私たち政治家だけなんだろうか。
二つ目は政策研究大学院大の飯尾潤教授の時評(1月22日・道新)。「安倍晋三内閣に勢いがない」との書き出しで、安倍政権の最近の失点を指摘した上で、「この政権の危機に、どこか実感がないのは、政権を目指して攻める民主党にも勢いがないからである」「安倍政権も褒められないが、民主党も頼りないということになり」「要するに、日本政治がどこか『ふわふわとした頼りなさ』に包まれているのである」。
飯尾氏は、両者の問題点について、安倍政権については「世論調査の人気を背景に政権を発足させたことを意識し、支持率を気にしすぎる」と指摘。また民主党については「政権の弱みにつけ込もうという姿勢が目立ち、何のために政権を担いたいのかというメッセージが弱い」と難詰しています。
結論として「安倍政権も小沢民主党も、どちらも技巧に走りすぎて、正面からしっかりと組み合うという姿勢に乏しいところが、政治をつまらなくしている」とまとめています。
「のたりとした薄明るさ」と「ふわふわした頼りなさ」。表現の対象は違うものの、厳しい日本の現実を捉えきれていない政治の弱さを、期せずして二人の識者が指摘したことは、しっかりと受け止めなければならないと思います。いよいよ25日からは通常国会が始まります。まだ本格論議が始まらないのに、今国会に提出予定だったホワイト・カラー・イグゼンプションといわれる法案の先送りが決まるなど、「ふわふわした」意思決定が先行しています。とにかく参院選に得か損かで、政治的意思決定を簡単に変更したり先送りしたり。ここはあまり目先に拘らず、じっくりと議論し、この国の進路を考えようではありませんか。また永田町での忙しい日々が再開します。
[ 2007年01月22日 ]
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