フリードマンの死
アメリカの有名な経済学者、フリードマン氏が亡くなりました。私はフリードマンの経済学について詳しく勉強した人間ではありませんが、アメリカはじめ日本を席巻している新自由主義の経済学の泰斗であり、大変な影響力をもった学者であると認識していました。過度な財政主義の否定や規制緩和政策はフリードマンの影響なしには語れません。小泉政権の経済・財政政策はフリードマンの影響が強い竹中平蔵氏が主導したことを考えますと、フリードマンの死と小泉政権および竹中氏の退場の符合は、因縁めいてきます。
竹中氏が主導した小泉政権の経済政策は、@安易な財政出動に頼らないA公的セクターの民営化や縮小を徹底するB規制緩和を進める、など新自由主義経済論の色がきわめて濃いものでした。小泉氏自身が経済政策全体について、どう考えていたのか詳らかではありませんが、郵政民営化という小泉氏の一枚看板を強力に進めるために、竹中氏と利害が一致したと思われますし、その他の経済政策は竹中氏に任せていたものと認識します。
郵政民営化は小泉政権では、首相の信念に基づいて政治の最重要テーマとなり、解散総選挙にまで発展しました。時の首相が自らの公約を実現するために、政治生命をかける姿に我々議員だけでなく、多くの国民・有権者も感銘し、自民党は圧勝したのだと思います。その政治手法や信念は、過去に例を見ないすばらしさがありますが、今、小泉政権を振り返って、その経済・財政政策を冷静に検証することが必要であり、現在の安倍政権の経済政策に、その検証結果を反映させることが、どうしても必要です。端的に言いますと、政権交代の意味は、前政権の足らざる点をどのように修正し補うか、にあると思います。
対中国、対韓国との関係について、安倍首相は政権発足直後、直ちに外遊し、小泉政権下で止まっていた外交関係を修復しました。これが政権交代のダイナミズムであり、効果です。政権交代によって、政策転換が図られた好例です。これは外交政策だけでなく、内政、なかんずく経済政策にも当てはまるでしょう。極度の民営化路線、規制緩和路線は、無駄や非効率がはびこる公的セクターの縮小という意味では、有効な政策です。しかしそれによって、日本の実情がどう変わったかを冷静に見る必要もあります。
わが北海道について考えてみると、郵政民営化によって、郵便の集配ネットワークは確実に整理統合されつつあります。民営化によって非効率が淘汰されるメリットはあるものの、本来利益にならない過疎地へのサービス提供の確保をどうするのか、不安はぬぐえません。また数々の規制緩和によって、特にタクシーやバス、トラックなど運輸関係は低収入と過当競争の悪循環の中にあります。規制緩和はそこに政府が関与することなく、市場のルールで最適なバランスが保たれることを期待したと思いますが、結果は最低賃金に満たないワーキング・プア層の増大という結果になっています。
結論を急ぐと、フリードマン政策を日本に当てはめると、功罪すはわち、いい面と悪い面があることがはっきりしてきました。政権交代期には、この功罪をきっちり検証し、修正するメカニズムが働くべきだ、というのが私の考えです。特に北海道の現状を見るにつけ、そう実感します。夕張の惨状は、そのつけをすべて夕張の市民が負うのか。政治として、できることはないのか。連日、考えさせられることばかりです。
[ 2006年11月24日 ]
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