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GAKU論

戸田一夫さんのこと

 道経連会長をつとめた戸田一夫さんが21日、亡くなりました。個人的にも大変お世話になった方でした。初めてお会いしたのは私の記者時代、戸田さんは泊原子力発電所を担当する北電の副社長でした。北海道で初めての原発に対して、当時強い反対運動が続いていましたが、戸田さんは粘り強く、北海道のエネルギー事情や原発の必要性を説いて歩いていました。
 私が政治の世界に入ってからは、北電の経営者としてよりも、オール北海道の経済界の代表として、厳しい北海道経済の現状を打開するための、様々な活動をしていたことを思い出します。私が北海道開発政務次官の時、戸田さんは北大の西村紳一郎教授を伴って来訪し、西村教授が進めるグリコ・クラスター構想の推進を熱心に推奨しました。このグリコ・クラスター構想や産業クラスター構想などは、戸田さんの熱心な活動に影響されて、当時の北海道開発庁として初めてのソフト事業予算として計上されたと記憶します。
 戸田さんは拓銀破綻後の北海道の現状と将来について、深刻な危機意識を持っていました。ですから道内にある、将来性ある試みについて、自ら動いて応援する姿勢を堅持しました。拓銀の破綻処理に私が走り回っていたことから、特に目をかけていただき、会うといつも「頑張りなさい」と声をかけてくれ、浪人中も様々な激励をいただきました。
 戸田さんはいつも「人づくり」の大切さを訴えていました。私が記者時代に何度も取材に通った札幌のトモエ幼稚園の教育を、戸田さんは応援していました。トモエの行事にご一緒したこともありましたが、小さな子供たちが元気に動き回る様子を、目を細めてうれしそうに見ていました。
 「一番大切なのは、人材を育てることだ」。戸田さんの変わらぬ信念です。とにかく勉強熱心で私心がない。北海道の自立を願い、高齢を物ともせず北海道中を動き回る。東京行きの飛行機でお会いすると、北海道を代表する企業のトップなのに、いつも普通席。北電の相談役はそれまで終身でしたが、自身の決断で顧問、そして無役に退きました。
 おととし小泉首相が来道した折、北大構内で北海道の現状とプロジェクトへの支援を、真剣に訴える戸田さんの表情が忘れられません。北海道の経済界にこれまでいなかった、今後も現われないであろう、無私の経済人。その志を受け継ぐ経済人が、道内に少ないことが気懸かりです。心からご冥福をお祈りします。合掌。

[ 2006年10月27日 ]


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