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GAKU論

歴史認識の金縛り

 安倍首相が歴史認識の問題で、野党の集中攻撃を受けています。「闘う政治家」を標榜する安倍氏が、歴史認識の問題では「逃げる政治家」になっているのではないか、との論難。難しい歴史問題では、一政治家としての意見と、総理大臣の立場の両立は本当に難しい。また中国、韓国訪問を目前にした首相の答弁も、当然ながら気を使わざるを得ない。それにしても、中国や韓国と共闘するかのような民主党の追及とはなんなのか。どこの国の国会なのか。10月5日の衆議院予算委員会でのやり取りを聞いていると・・・・(発言は要約します)


安倍首相「歴史の認識とか分析について、政治家が一々それを神のごとく判断するのは間違っている。政治家の言葉、議論は政治的な意味を持つし、外交的な問題を生ずる場合がある。そのことを頭に入れながら発言しなければならないので、歴史の分析にならないし、歴史を曲げる可能性もある。歴史はあくまでも歴史家に任せるべきで、政治家は謙虚であるのが当然だ」


菅直人氏「歴史観を述べることに謙虚でありたいと言っているが、総理は歴史教科書について、自虐史観ということを強く言ってきたんじゃないか。それは歴史認識そのものじゃないですか。一方で歴史認識を語りながら、自分が総理になったら歴史認識を語らない。今あなたがやっていることは、自ら以前主張したことを変えたか、隠しているか、批判を恐れて持論を押し殺しているんじゃないですか」


安倍首相「私としては、政治家が、誰が誰より悪かったか、あるいは歴史的な認識について、私が今どうだったかを判断する、これはやはり、政治家というのは謙虚であるべきだ。当然のことではないか」


菅直人氏「総理になる前は割りと歯切れがよかったんですよ。まさに闘う政治家だったのかもしれませんが、いまや逃げる政治家になられたのかな」



 菅氏の意図ははっきりしています。総理になった安倍氏の歴史認識の「ぶれ」を浮かび上がらせること。しかし、そのことを執拗に追及することで、一体何が得られるのだろうか。歴史に関する自由な、忌憚のない議論を封殺することにならないか。
 かつて私は、北海道のある議員が初めて大臣になった時、あるアドバイスを紙にしたためて渡したことがあります。その紙には「初めての記者会見で歴史認識を必ず質問されるから、その時は、総理と同様の認識です、村山談話を踏襲します、と答えて下さい」と書きました。独自の歴史認識を披瀝したばかりに、就任したばかりの大臣の職を失った政治家を、これまで何度も見てきただけに、老婆心ながら助言してしまいました。それぐらい、日本の政治の世界で、歴史認識は鬼門と化しています。歴史、特に第二次世界大戦に関する認識について、歴史に正直に向き合い、虚心坦懐に考えた持論が、日本の戦争責任を相対化したり、擁護しようものなら、野党やマスコミが瞬く間に集中砲火を浴びせてきたのが、これまでのパターンです。そしてその大臣は、職を追われる。
 安倍首相もこれまで、例えば村山首相談話について「いわゆる侵略戦争をどう定義づけるかという問題も当然ある。まだ学問的に確定しているとはいえない」。従軍慰安婦問題をめぐる河野官房長官談話については「談話は誤報から発した」と否定。東京裁判やA級戦犯について「戦勝国によって裁かれた。責任をとらされたということではないか」と発言してきましたが、今回の国会審議では、村山首相談話、河野官房長官談話ともに政府として引き継いでいることを明言し、A級戦犯については「国内法では犯罪人ではない」との立場を鮮明にしつつも、「指導者の立場にあった人たちは大きな責任があった」として、戦争犯罪という概念と区別しながらも、戦争責任は明確に認めています。新政権のスタート、しかも中国、韓国との首脳会談の最終調整段階での質疑だっただけに、首相答弁は慎重を期したと思います。総理として過去の政権との連続性、整合性も当然、考えなければならない。
 菅直人氏は「安倍氏は総理になったら考えを変えた」と難詰しましたが、総理として自由に物を言えなくした風潮を作ったのは誰なのか、冷静に考えてみる必要があります。日本は先の戦争の総括をしていない、との批判がたえずあります。しかしそのための議論を自由にさせない、金縛りの状態を作り上げた責任も多方面にあると思います。

[ 2006年10月07日 ]


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