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GAKU論

5回目の総裁選

 きょう総裁選が告示されました。安倍、麻生、谷垣の3人が出馬。20日まで論戦が続きます。私も政治の世界に入って丸10年。この間、今回を含めて5回の総裁選を経験しましたが、1回目、2回目と今回が議員現職として、3回目、4回目は浪人として参加しました。
 平成10年の総裁選。小渕、梶山、小泉の戦い。田中真紀子女史がいみじくも、凡人、軍人、変人と形容した選挙でした。私は議員になってまだ2年足らずでしたが、小泉候補のお側係として、総裁選の期間中、毎日行動を共にしました。今でも時々、その時の映像がテレビで放送されることがあります。当時も国民的な人気は小泉さんが圧倒的でしたが、総裁選の結果は永田町の論理、派閥の論理が優先する、いかにも自民党的な状況で、小渕圧勝、小泉惨敗の結果でした。自民党というところは、大変な世界だなと、当時実感しました。
 2回目は翌年の平成11年。私が所属をする森派は現職の小渕総裁支持に回り、森会長は総裁選後、幹事長に就任します。これも政治かと実感。
 3回目は鮮烈な印象が残る小泉総裁誕生の平成13年。小泉氏単独の街頭演説会を札幌の大通公園で開きましたが、数千人の市民が集まり、小泉氏の強烈なアジ演説と、聴衆の期待感が一体となった興奮は今でも忘れられません。当時、浪人中だった私が司会を担当しましたが、永田町の論理で決まる総裁選ではなく、国民が決める選挙に初めてなったと実感しました。
 4回目は平成15年、小泉再選の総裁選でした。この時、4人の候補が街頭演説会のために札幌に来ましたが、小泉さんだけが早く来て、白石で私のために街頭演説をしてくれました。全国でただ1か所、私だけに現職の首相が応援をしてくれたのです。その直後の衆院選で、私はなんとか国政復帰を果たすことができました。この時の総裁選で小泉氏は「総裁選で勝った者の公約が、次の衆院選の公約になる」と啖呵をきり、郵政民営化を正面から訴え、次の衆院選の公約へとつなげたわけです。これが伏線となり、昨年の郵政政局となります。
 そして5回目、今回の総裁選は小泉総裁から次の総裁へ、5年半ぶりの政権交代です。メディアでは消化試合などと揶揄されていますが、かつての派閥政治から大きく自民党の体質が変わったことは明らかで、雪崩をうって安倍支持が広がるのも、国民の目を意識しない政治はありえあい時代になったことの証左です。これも「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉氏の信念が党の体質を根本的に変えたことが要因でしょう。自ら総理総裁になるために子分を養ってきた山崎拓氏も、総裁選に出ようとして派閥をまとめられない。かつて最高権力をほしいままにしていた津島派(かつての竹下派、橋本派)も結局、総裁候補を擁立できない。そんな状況になりました。この10年の総裁選を振り返っても、政治は大きく変質し、派閥の存在意義は低下しました。もっともっと自民党の体質をオープンにし、特別の世界ではないという感覚を国民の持ってもらうべく、今回の総裁選もしっかりと、かつオープンな議論を展開したいと思います。

[ 2006年09月08日 ]


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