運命の人
高校時代から毎月、月刊の文芸春秋を愛読していますが、最近最も興味をもって読んでいるのは、山崎豊子氏の連載小説「運命の人」です。この小説はかつての外務省機密漏洩事件を題材に、著者によれば「事実を取材し、小説として再構築したもの」です。登場人物はすべて仮名となっていますが、実在の関係者と符合し、迫真のノンフィクション小説となっています。
「今年三月の予算委員会が、沖縄密約を追及する最後の機会で、予算成立後は真実は永久に闇の中におし隠されてしまう。弓成(注・主人公の新聞記者、毎日新聞の西山記者がモデル)は政府の欺瞞に怒りを抑え切れず、後輩記者を呼び、三通の極秘電信文の入った封筒を横溝議員(注・疑惑を追及する野党の議員で勿論、横路孝弘代議士がモデル)に渡すよう指示した。『扱いはくれぐれも慎重にと伝えてくれ』と言い添え、午後の予算委員会を記者席で見守っていた時、質問に立った横溝議員がじりじりと政府委員を追詰めその勢いで、極秘電信文のコピーを高々と振りかざしてしまったのだった。記者席で弓成は愕然とした。まさか生のまま電信文を曝け出してしまうとは・・・」
(「運命の人」文芸春秋3月号から抜粋)
若き日の横路代議士が外務省の機密を追及する姿が、緊迫した筆致で蘇ります。この外務省機密とは、沖縄返還にからんで日米の間で、本来米国が払うべき費用の一部400万ドルを、極秘に日本側が肩代わりする密約を交わしていたというもので、疑惑をつかんだ毎日新聞の記者と情報を漏らした外務省の女性事務官が逮捕され、その後の裁判でも、国民の知る権利と国家機密の関係が大きな議論となりました。
ところがつい最近、この事件について当時の外務省の担当局長が日米の密約の存在を認める証言をし、話題となりました。この密約の存在は、既に米国の外交文書に記載されていることが指摘されていましたが、日本政府は否定し続けています。元外務省の局長は横路議員が持つ機密電文のコピーと、電文の原本を見せ合ったと証言しており、横路議員はコピーの真偽を確認したことになります。また元局長の証言を信ずるなら、密約が存在したことになり、横路議員の追及は正しかったことになります。また毎日新聞の報道も正しかった。勿論、横路氏も西山氏もネタ元の秘匿への配慮があまりにもなかったことは責められても仕方がない。さらに言えば、正規な額以上の金額を「極秘に」払ってでも、沖縄返還をスムースに実現したいと考えた当時の佐藤政権の事情も理解できなくはない。しかし税金を極秘に使用することは、民主国家では許されないのは当然です。一方、外交には機密が伴いますから、機密の漏洩は厳しく罰せられる。また日本政府が、当時も今も密約の存在を否定し続けることも、行政の継続性からやむを得ない部分もある。元局長も「交渉の最中に機密の話が漏れると、相手から信頼されなくなる。過程を明かさないのは外交の常識。西山記者の書いたことが真実かどうかという問題と、機密漏洩を司法が罰するかどうかは別問題です」と明言しています。
この国会質問は1972年のこと。全体の真実が明らかになるのに、実に34年の歳月がかかったことになります。政権の問題
を追及するのは、国会やメディアの大きな役割です。事実関係の蓄積を経て、34年前の横路質問は再検証の時期を迎えたと思います。
いま国会では堀江メールの真偽が政争の大きなテーマとなり、質問をした民主党の永田議員が入院してしまうというお粗末な状況です。出所のわからないメールに飛びつき、政権党の幹事長の親族とはいえ純民間人を攻撃し、説明がつかなくなると入院する。これでは国民の代表として、政権党を追及するには、あまりにも不適格といわざるを得ない。34年前の主役である横路副議長は、今回の堀江メール事件をどう思っているのでしょうか。
元毎日新聞の西山氏は昨年「政府はうそをついていた。報道は正しかった」と国に謝罪を求める民事訴訟を起こしました。密約は確かに存在したのだから、政府が今に至るも密約を否定することは許されないと西山氏は考えているでしょう。外交や安全保障には機密が付き物ですが、国益を損なう密約があってはならない。また追及するためには、しっかりした事実確認と準備が必要です。国家機密か知る権利かをめぐって大論争となった34年前の事件に比べて、今回のメール事件の「軽さ」は際立っています。
[ 2006年02月23日 ]
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