伊達市の人たち
連休を利用して伊達市に行ってきました。友人である伊達市長の菊谷秀吉さんから何度も、一度遊びに来いと言われ続けて数年。ようやく約束が実現しました。ちょうどこの日(5月2日)の北海道新聞朝刊に菊谷市長に関する記事が載っていました。「移住政策で活路を開く」「発想変え高齢者誘致」。仕事をリタイアし、本州から伊達に移り住む人が増えています。伊達は住宅地の地価上昇率全国一も記録しました。菊谷市長は移住希望者に金銭的なインセンティブを与えて、人を誘致したわけではありません。時代の変化を読んで、価値観を武器に伊達をアピールしてきました。
この日、菊谷市長は市内の3ヵ所の福祉施設を案内してくれました。最後に案内してくれたのは、重度でかつ重複の障害者が共同で暮らすグループホーム「野ぶどう」でした。重度重複の障害者が利用するGHは、ここが道内第一号です。障害者の家族が長年、待ち望んだ施設の完成を後押ししたのも菊谷市長でした。「伊達には『野ぶどう』がある。だから伊達に移住しようという人もいる。まちづくりと福祉は結びついている」と菊谷さんは語ります。
夜は地元の皆さんと酒を酌み交わしました。みんな菊谷市長のビジョンを支持し、いっしょになって伊達を盛り上げていこうという雰囲気が漲っています。役所と民間がひとつの方向に向かって、足並みをそろえている。その実例が「官民協働」をスローガンに掲げる「豊かなまち創出協議会」です。会長の小松さんは地元の建設会社の社長さんですが、長髪のイケメンで、話を聞くと、かつて活躍したフォークグループ「手風琴」のメンバーだったとか。小松さんは本業のかたわら、噴火湾産のほたての貝灰を漆喰壁に活用するベンチャー企業も立ち上げています。
二次会に流れ、私も元ミュージシャンですから、小松さんのギター伴奏に合わせ、二人でデュエットしてしまいました。久し振りに楽しい一夜でした。
翌日は菊谷市長とともに、壮瞥町に住む日本画の大家、野田弘志氏の自宅を訪問しました。恥ずかしい話、私はよく存じ上げていませんでしたが、野田画伯は日本を代表する画家です。自宅の窓からは、洞爺湖と有珠山を一望でき、すばらしいロケーションで制作活動を進めています。同時に来月からは伊達市内にある噴火湾文化研究所で、「野田塾」と称する絵画教室を開講して、後進の指導にあたるそうです。野田画伯の自宅のとなりには、少し前まで作家の宮尾登美子さんが住んでいて、平家物語を執筆していました。
わずか二日間の伊達滞在でしたが、人口4万人に満たない小さなまちが、民間出身の菊谷市長というリーダーに恵まれ、それを市民各層が支えて、「人の誘致」や「福祉」「産業」「文化」など、特色あるまちづくりを進めていることを目の当たりにして、北海道にはまだまだ可能性があることを実感して帰ってきました。
[ 2006年05月05日 ]
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