小泉政権5年
きょう(4月26日)で小泉首相は就任5年となりました。新聞、テレビが小泉政治の功罪を盛んに報道しています。小泉政権がスタートした直後に、ある学者の講演を聞く機会がありました。 講演の演題は「小泉政権は長期政権になる」というものでした。当時は「本当かなあ」と半信半疑で講演を聞いていた記憶がありますが、その後の展開は、正にその学者が予言した通りの戦後第3位の長期政権となりました。
さて「小泉政治の功罪」ですが、私は首相を見ていて、その姿勢が「ぶれない」ことが最大の長所ではないかと感じています。それは郵政民営化に対する執念に最もよく現れていますが、自民党内の大勢が反対する政策を訴え続け、衆議院を解散し、刺客まで送り込んで、自らの信念を実現する。そんな首相は今までの日本の政治にはいませんでした。
小泉政権が取り組んできたことは、大きく分けて2点。「構造改革」の総称で、人口構造の変化や財政赤字に対応して、戦後続いてきた様々な行政システムのダウンサイジング化、アウトソーシング化を図ること。もうひとつは「自民党をぶっ壊す」という言葉に象徴されるような、自民党の権力構造の変革をもたらしたトップダウン型の政権運営にあると思います。前者の構造改革は、竹中大臣が中心となって担ってきたことは事実で、その意味では「小泉・竹中政権」とも言えます。まず「郵政民営化」という大目標があり、「官から民へ」の大方針があり、細かな振り付けや理論武装は、経済財政諮問会議を上手に使いながら竹中大臣が一貫して担当してきました。私は2000年の森政権発足時に、施政方針の意見として、経済財政諮問会議を活用し、官邸トップダウンによる経済・財政運営を、当時の森首相に進言しました。和の政治を尊ぶ森首相は、私の提案を採用しませんでしたが、次の小泉政権では、党が嫉妬するほど、諮問会議を舞台に竹中大臣が縦横無尽に振る舞いました。ある時、小泉首相は私に「自民党の政治家に任せても、できないよ」と、政治家不信の本音を打ち明けました。
政治家不信といえば、人事面でも派閥の意見は全く聞かず、派閥の存在意義を大幅に低下させたことも小泉政治の特色です。特に旧橋本派に対しては、青木氏とは頻繁に会食し、野中氏とは一切会わない分断策。人事でもベテランを干し、若手を一本釣りして処遇する巧妙な対応を見せてきました。
こうして見てくると、小泉政治の5年間の底流には、「郵政民営化への執念」と「反経世会の怨念」が脈々と存在してきたと言えるのではないか。長期政権を支えるエネルギーは、こうしたDNAの強さでしょう。小泉首相だけの、かなり特異なDNAが日本の政治にどのような貢献をしたのか。評価を下すのはまだ早いと思います。
けさの朝刊各紙は「改革の陰 色濃く」(道新)、「賞味期限が切れてきた」(朝日)、「最終コーナー 陰る求心力」(日経)といずれも功罪半ばの評価が多いようです。政権残りあと5か月。最後まで小泉らしく、最後は8月15日に靖国神社を参拝して、小泉首相は政権を完遂すると思います。
[ 2006年04月26日(水) ]
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